実際に認知行動療法を受けてみた(セルフ編)
「認知行動療法で、今の悩みやストレスを少しでも解消したい」。そう思った人ほど、多忙で余裕のない生活をしていたり、「はじめまして」のセラピストと会うことに抵抗があったりするかもしれません。
そんな人でも気軽に試せるのが、「自分でできる認知行動療法」です。今回は、公認心理師である藤本志乃先生が、誰にでも取り組みやすい3つの方法を教えてくれます。
実際に受けてみるのは、前回に引き続き鈴木さん。仕事のストレスを感じながら忙しい毎日を過ごす鈴木さん、果たして「実践できそう」と思える認知行動療法に出会えるのでしょうか…?
自分で行う認知行動療法では、セルフモニタリングを活用
藤本:ウェルビーイングのためのカウンセリングルーム「Le:self(リセルフ)」代表の藤本です。本日はよろしくお願いします。
鈴木:Webマーケティング系の会社で働いております鈴木と申します。よろしくお願いいたします。
前回(「実際に認知行動療法を受けてみた(個人療法編)」参照)、柳澤先生から「自宅で」「自分で」できる認知行動療法があるとお伺いしました。
藤本:はい。ご自身で行う認知行動療法にはさまざまな手法があります。前回の「個人療法編」では、日常の様子を記録する宿題が出るというお話があったと思いますが、これをセルフモニタリングと呼んでいます。セルフモニタリングでは、自分の心の状態や体の状態を観察して、紙やアプリなどで記録します。
記録をしないと、どういうときに自分にどんな考えや気持ちになるのか、またどんな行動をしているのかがわからず、「何に困っているのか」がなかなかわかりません。すると、困りごとが漠然としたままになり、解決への一歩を踏み出せないこともあります。そこで、自分でできる認知行動療法の出発点としてお勧めするのが、セルフモニタリングです。
今日ご紹介する3つの認知行動療法は、セルフモニタリングも使ったシンプルで取り組みやすいものですので、ご安心いただければと思います。
コラム法~自動思考をとらえ直してつらさを減らす
藤本:まず、「コラム法」をご紹介します。自分の中に起きる嫌な気持ちが出てくるような考えをキャッチし、他の角度から考えてみることで、嫌な気持ちを和らげていく方法です。
何らかの出来事があったとき、私たちの頭の中にまず「パッ」と浮かぶ考えがあります。これを「自動思考」と呼び、その自動思考の結果、何らかの気持ちや感情が引き起こされるというメカニズムになっています。嫌な感情が出てくるということは、「嫌な感情が出てくるような考えが出てきている」ということになるので、どういう考えが自分の中に出てきたのか、キャッチするところから始めます。
なお、自動思考として起きる考え自体は、ネガティブでもポジティブでも大丈夫だとされています。「つらい気持ちが少しでも和らぐような考え方を複数見つけていこう」というのが、コラム法の目的です。
今日は5コラム法を実践してみます。まず、出来事や状況に対してどのような考え(自動思考)が出てきたのか。また、その考えが出てきたときの感情はどんな種類のもので、100点満点のうちどの程度に感じているかを点数化し、ワークシートに記録します。
その後、最初に出てきた考えとは別の考えを、1つ挙げてみます。例えばSNSの返信が来なくて「既読無視されている?」と考えていれば不安が90、怒りが50などになりますが、別の考えとして「忙しいのかも」を挙げてみると、不安や怒りの感情は変わりませんが、点数は50や10と低くなっていることがわかります。
なお、点数が減る考えを最初から出そうとすると、難しく感じることもあります。また、自分の思考や感情は、慣れていないとキャッチすることも難しいかもしれません。その場合、別の考えを単純にどんどん出してみたり、お友達や家族と一緒にゲーム感覚で取り組んでみたり、専門家に相談してみたりするのも1つの手かと思います。
行動活性化~行動を変えて、気分を上げていこう
藤本:次にご紹介する「行動活性化」は、行動を変化させて気分を変えていく方法です。
「良い気分のときは動けるのに、気分が乗らないと家にいたくなる」というように、気分が行動に影響を与えたり、反対に「落ち込んでいたけれど、友達から誘われて出かけたら元気が出てきた」というように、行動が気分に影響を与えた経験は、誰にでもあると思います。
実際に試してみましょう。「今から気分を最高の状態にしてみてください」と言われると、いかがでしょうか?
鈴木:ちょっといきなりは難しいですね。
藤本:そうですね。では、手を挙げてください。これはいかがですか?
鈴木:これはできます。
藤本:ありがとうございます。このように、気分は簡単には変えられませんが、行動は簡単に変えることができます。普段行っている行動からまず変えていこう、そして気分も変えていこうという原理を使うのが、行動活性化です。
行動活性化では、活動記録表に日常生活を1週間ほど記録して、活動の楽しさや達成感を1から10で評価します。これによって、どんな活動でご自身の気分が上がりやすいのかが見えやすくなります。
気分の上がる活動が見えてきたら、今度は1週間の記録をもとに、気分が落ちる活動を気分が上がる活動に置き換えながら、生活をスケジューリングします。できあがった活動プラン表にそって生活し、どうであったかを評価する、振り返るという繰り返しになります。
もちろん、楽しさはないけれどやらなければいけない「仕事」などは、残していただいて問題ありません。
自分ができる範囲の中で、なるべく気分の上がる活動を選んでスケジュールを組んで実践し、できれば後から楽しさや達成感を振り返ってもらえば、その次のプランも立てやすくなります。
鈴木:はい。
藤本:最後に、「自分がどのような行動をすると、気分が上がったり達成感を感じたりするのか」を整理することも兼ねて、自分の価値観を明確にしておくことが推奨されています。
例えば友人と会うと気分が上がると気づいたら、「人の役に立つ」とか「友人と思いやりのある関係を築きたい」といった価値観が潜んでいるかもしれません。
これらの価値観を言葉にしておくと、次に活動プランを立てる際にはその価値観にそった行動を選べば良く、スケジューリングがしやすくなるかもしれません。
リラクセーション法~身体を緩めて心もリラックス
藤本:最後に、リラクセーション法をご紹介します、リラックスしているときの筋肉の緩んだ状態を作り出して体を緩め、心も緩めていくという方法です。
心と身体の関係は、心から身体への一方向ではなく、身体から心という逆方向にも影響が及ぶことがわかっています。これを心理学では「心身相関」と呼んでいます。これを用いて心をリラックスさせることで、すでに出ているストレス症状としての不安や緊張などを減らすことができます。
最初に、リラクセーション法の1つである呼吸法をやってみましょう。
ご自分がリラックスできる姿勢をとり、できそうなら目を閉じて、そうでなければ薄目で前を見つめます。そして深呼吸を1回。鼻で大きく息を吸って、「はーっ」というため息のように吐き、呼吸に意識を向けて力を抜いていきます。そしてカウントしながら呼吸を続け、吸う息と吐く息を同じ長さに、さらに慣れてきたら吐く息を吸う息の2倍の長さにしていきます。
最後に、ご自分のペースで大きく深呼吸を3回行いましょう。
深呼吸が終わったら、目を開けて解除動作を行います。両手を軽く握り、肘を曲げて後ろに引きます。そして、両手を開くと同時に腕をパンッと思いっきり前へ伸ばします。数回やったら、手を上げて伸びなどをして、深呼吸をして終わります。
いかがでしたか。
鈴木:すっきりします。
藤本:ありがとうございます。では次に、「漸進的筋弛緩法」をご紹介します。
体の各部位の筋肉に10秒間ほど力を入れて緊張させ、次に緊張を緩めたら15~20秒ほど脱力をして、緩んでいく感覚を味わいます。今日は、腕と背中と肩でやってみます。
まずは腕を自分の方に近づけて10秒間ほどグーッと力を入れてから、一気に脱力します。
次は背中です。両手を胸の前でクロスさせ、背中を少し丸めてグーッと力が入るような形を作り、そのまま10秒間ほど力を入れて、また一気に脱力します。
次は肩です。グーッと力を入れて耳のところまで(持ち上げ)、一気に抜いていきます。
リラクセーション法は体を深いリラックス状態に導いていくので、意識レベルが少し低下したり、立ち上がったときにふらついたりすることがあります。ですから、ここでも体を起こす解除動作を行います。
リラクセーション法では、きちんとリラックスができているのか、1人ではなかなか評価しづらいかもしれません。ですが、上手くやろうとしすぎないことも、非常に大事なポイントです。もし変化を「見える化」したければ、実践の前後で気になっていた感情、例えば不安や怒り、緊張などを記録して、それぞれ点数化してみることも1つの方法です。
また「続けていたら眠りやすくなった」などの変化も実際には起こりますので、長期的な変化も評価してみることが大事です。
自分の行動や認知は、自分一人でも変えていける
藤本:ご自身でできる認知行動療法を3つご紹介しましたが、取り組んでみたいものはありましたか。
鈴木:行動活性化はやってみたいと思いました。
ただ、自分の達成感や楽しさにつながる行動を価値観として捉えることは、難しそうな印象がありました。コツや、考え方として大事なことはありますか?
藤本:確かに、日頃の行動を思いやりや愛情などの価値観にいきなり置き換えるのは難しいと思います。ですので、例えばご友人とのランチや団らんが気分の上がる活動に入るのであれば、人間関係にやりがいや生きがいを感じやすいという価値観がわかります。またお仕事の会議にノリノリで取り組めるのであれば「仕事」が価値観となります。このように、まずは種類別、領域別に分けてとらえていくことも1つのステップになるのかなと思います。
鈴木:ありがとうございます。イメージが持てました。
藤本:ご自身で認知行動療法を行うメリットは、いつでもどこでも始められることです。頭の中の考えや気持ちに気づきやすくなり、ご自身にメリットのある行動を選択しやすくなりますので、実際にストレスが下がるといった効果も期待できると思います。
ですが、お一人で実践していると、セルフモニタリングをしていてつらくなったり、自分の考えや評価が合っているのか心配になったり、難しさを感じて迷ったりすることがあるかもしれません。その際には決して無理をせず、専門家に相談していただくと良いと思います。
鈴木:ありがとうございました。