実際に認知行動療法を受けてみた(個人療法編)
「認知行動療法で何が変わるの?」、「初対面のセラピストと1対1で話すのはちょっと不安…」。認知行動療法に興味があっても、実際に受けるとなるとためらってしまう人も多いでしょう。
そこで今回は、職場でのモヤモヤを抱える会社員の鈴木さんに、公認心理師の柳澤博紀先生による模擬カウンセリングを体験してもらいました。記事では、その一部をご紹介します。
穏やかな雰囲気の中で面接が進むと、鈴木さんがそれまで意識していなかった悩みに気がつく場面も。モヤモヤの正体が整理されていく過程は必見です。
2段階の面接で、悩みや不安を行動や認知と紐づける
柳澤:こんにちは、公認心理師の柳澤です。今回は認知行動療法を受けたことがない方に、実際にセッション(面接)を体験していただきます。
今から模擬面接を受けていただく鈴木さんです。
鈴木:Web関係の会社で働いております鈴木です。認知行動療法についてはよく知らないので、今日は日頃の悩みや不安を相談しながら、理解を深めていけたらと思います。よろしくお願いします。
柳澤:よろしくお願いします。認知行動療法は心理療法の1つで、個人の問題を改善・解決していくために、面接で問題が起きている背景をより具体的にして、それを行動や認知の問題として紐解き、解決に導く手法を考えていきます。
情報の収集には、「アセスメント」と「ケースフォーミュレーション」という段階があります。
今から始めるアセスメントでは、まず困りごとを教えていただきます。さらにその背景や、それがどう問題になり大きくなったのか、家族関係や職場環境なども伺いながら、「その困りごとがどのように起きているのか」を明らかにしていきます。
続いて行うケースフォーミュレーションでは、全体像を鈴木さんと私で整理してみます。「今こんな状況で問題が悪化している、悪循環が起きている」というところを一緒に眺め、「その中からどの部分に取り組んでいくか」を相談し、改善ポイントを見定めて目標を共有します。
このアセスメントとケースフォーミュレーションをふまえて、具体的な治療計画を立てます。
悩みごとや周辺情報を確認していくアセスメント
柳澤:まずアセスメントから始めます。鈴木さん、今、お悩みや困りごとはありますか。
鈴木:4月から役職が変わり、普通のメンバーからリーダーになりました。自分がメンバーをもつ立場になり、まだ慣れない部分があったり、年上のメンバーに少しやりづらさを感じたりすることもあります。
またリーダーである以上はメンバーをしっかり引っ張らないと、というプレッシャーや責任も感じています。
柳澤:メンバーは何人ぐらいで、何歳ぐらいの方でしょうか。
鈴木:メンバーは4人で、自分より10歳ほど年上の方が2名で、もう1人は2歳年上、もう1人は1歳年下です。
柳澤:では、プレッシャーを感じるのはどんな場面が多いですか。
鈴木:会議などで、年上の方の意見などもふまえながら自分がメインになってまとめる際に、プレッシャーを感じることは多いですね。リーダーになって、そういうメンタルの部分が一番大きく変わったかなと思います。
柳澤:具体的には、どう考えたり悩んだりされるんでしょうか?
鈴木:「これ、うまくできているんだろうか」と感じたり、意見をまとめるときに「皆がちゃんと納得できているかな」とか。
柳澤:なるほど。では鈴木さんを含めたチームの5人は、どのような雰囲気ですか。
鈴木:そこはありがたいことに、私の立場を理解してくれる方が多く、優しく接してくれますので、実際にはやりづらさはそれほどありません。ですが自分の中では、年齢差やキャリアの差などでプレッシャーを感じることもあります。
柳澤:仕事で大きな失敗をしたり落ち込んだりした経験はありますか。
鈴木:大失敗はないんですけれど、チームの目標に対して厳しい現状はあります。具体的には業績面で、受注金額ですね。リーダーはこの目標をしっかり追わないといけませんが、現状としてはなかなか厳しいなと。
柳澤:なるほど。メンバーとは今のところうまく回っているけれど、今後の売り上げや、ご自身が納得できる仕事をきちんと続けていけるか、みたいな不安を抱えているのですね。
鈴木:はい、目標への不安感と、さまざまなプレッシャーの中でそこをうまくまとめていけるかという不安やモヤモヤ感があります。
柳澤:数字を上げていくためにやるべきこととして、どういうことが挙げられますか。
鈴木:自分たちはプランナーのチームですので、営業がとってきた提案の場で、マーケティングの提案をします。ですから提案の質を上げたり、その前段階として、お客さんとコミュニケーションを深め、お客さんに「この人に提案してほしい」と提案へのモチベーションを高めてもらう必要もあります。
ケースフォーミュレーションで情報を整理
柳澤:ここまでに、さまざまなお話が出てきました。プレッシャーのお話から、チームを行動面で引っ張るだけでなく、数字面でも結果を出しチームの目標を達成できるリーダーでありたい、そういうお気持ちだということですね。
鈴木:そうです。
柳澤:そこをさらに紐解いていくと、提案書の質やお客さんとのコミュニケーションという課題もみえてきました。では、鈴木さんが優先的に頑張りたいと思う部分はどこでしょうか。
鈴木:やっぱり成果面が重要だと思いますので、提案書やコミュニケーションに優先して取り組みたいです。
柳澤:提案書の作成は、チームとして取り組むのですか?
鈴木:実際にはメンバーごとに提案書を作成するので、力量の偏りもみられます。ただ提案のフォーマットにはチーム内で共通認識がありますので、チームとして取り組んでいきたいですね。
柳澤:ご自身の行動だけではなく、チーム全体やチーム個人の力量にも左右される部分があるのですね。
鈴木:はい。ですがそこで年上のメンバーから教えていただいたり、新卒のメンバーに教えたりといったシーンは、それぞれうまく調整しながらやれていると思います。自分のほうが社歴やチームの担当領域への経験が長ければ、そこは自信を持ってアドバイスできますし。
柳澤:ありがとうございます。お仕事の様子もさらに詳しく把握できてきました。
そうそう、鈴木さんご自身の性格は、いつも今日のように活発で明るい感じですか。
鈴木:2人兄弟で兄がいますが、兄が結構はしゃぐタイプです。このため自分は、どちらかといえば社交的ですが、家の中では静かな感じだと思います。
柳澤:周りの人の様子を伺いながら「自分を出すところは出す」といった点は、自然と上手になってきたのかもしれないですね。
鈴木:相手の顔色を見て「この人はこう考えていそうだ」と様子を伺うところは、家庭環境で養われたのかもしれません。
柳澤:では、周囲から「もう少しこうなったほうがよいのでは」と言われることは?
鈴木:顔色を伺いすぎているところもあると思うのですが、自分の意見をガンガン言っていくタイプではないので、重要な意思決定の場で判断力に欠けるというか。自分の意見をズバッと言う、みたいな面はないかもしれません。
柳澤:それが必要な場面も増えてきますか。
鈴木:増えますね。
柳澤:そうしますと、プレッシャーを感じているけれど、「顔色を伺いすぎずに、リーダーとして決めるときは決める」、これが今後できるようになりたいというご希望でよろしいですか。
鈴木:そうですね。
情報を眺めていると、別の悩みや課題が見えてくることも
鈴木:それから、しなければならないことを先延ばしにしてしまうこともときどきあります。モヤモヤとした感情で、取り組むべきことに対する熱量が少し欠けたり、後回しにしてしまう部分もあるのかなと。
柳澤:そうなんですね。
鈴木:チームや自分の現状へのモヤモヤ感であったり、うまくいかないことを考えすぎたりして、作業が手につかなくなります。で、気がつくと時間が経っていて焦ることもありますね。
柳澤:具体的にはどんなことを考えていますか。人のことか自分のことか。
鈴木:自分のことが多いですね。受注が決まらない中で「自分の提案書のどこが悪いんだろう」みたいな。
柳澤:なるほど。チームを引っ張るために、自分で決断できるようになりたいという目標行動と、モヤモヤとして本来やるべきことが手につかなくなるというお話でした。
そうしますと、計画としては「自分が決めなければならない場面で、周りの気持ちなどをくみ取りすぎずに決断できる自分をつくる」、そして「考えごとに入り込み、本来行うべき業務から手が離れてしまう時間を減らす」。この2つをまず改善できれば、鈴木さんとしては良さそうでしょうか。
鈴木:そうですね。
柳澤:以上が初回のセッションの体験になります。本来は50分程度ともう少し長いのですが、今日は駆け足で実施しました。鈴木さん、ありがとうございました。
鈴木:ありがとうございました。
【鈴木さん、初めての認知行動療法はいかがでしたか?】
自分の悩みや不安を、実際に言葉で話すことが、安心感や思考の整理にもつながりました。また、初対面の方にここまで深く自分のパーソナルな部分を話す経験はなかったのですが、柳澤先生の質問や話し方、受け止め方がとても話しやすく、気軽に話すことができました。
【柳澤先生、今後の治療について教えてください】
今回明らかになった問題について治療計画を立て、何回かのセッションで改善に取り組むのが、認知行動療法のオーソドックスな流れになります。
多くの場合、計画を立てた段階で、宿題としてセルフモニタリングをお願いします。鈴木さんでしたら、決断ができず困った場面や先延ばしが起きた場面を日記やアプリなどで記録してもらい、実際にどの程度起きているのか確認します。
セルフモニタリングを活用した認知行動療法の技法として、「行動活性化法」があります。私たちの考え方、認知行動療法でいう「認知」は、なかなか変わりづらいので、「行動」のほうから変えていこうという技法です。
鈴木さんには「この場面ではこういう行動を起こしてみましょう」とご提案し、例えば、周りの目を気にせずに決断したときの気持ちを書いてもらったり、モヤモヤとした自分に気づいてすぐ目の前の書類に取りかかったときに「できた」と思えるかどうか、といった体験をしていただくことになります。