司法・犯罪分野における認知行動療法

司法・犯罪分野では刑事収容施設法の施行をきっかけに、刑事施設に認知行動療法(CBT)が導入されました。この法律によって、再犯防止に有効な改善指導プログラムを実施していく基盤が作られ、幅広く認知行動療法が適用されています。また、保護観察での指導、少年院における矯正教育にも認知行動療法の活用が広がっています。さらに、被害者への支援にも活用され、大きな効果を上げています。

このように、今日では司法・犯罪分野における認知行動療法は、犯罪者や非行少年の再犯防止や社会復帰支援、そして被害者支援において重要な役割を果たしているといえるでしょう。本記事では、司法・犯罪分野における認知行動療法の概要や事例について解説していきます。

司法・犯罪分野における認知行動療法

基本概念と司法・犯罪分野への適用

司法・犯罪分野に認知行動療法が導入された背景は、2006年の刑事収容施設法の施行です。それ以前には、刑務所内で認知行動療法などを活用して、受刑者の指導をするという法的基盤がありませんでした。

認知行動療法が導入されたことで、犯罪防止により効果的なエビデンスに基づく矯正プログラムが刑務所内でも実施されるようになりました。さらに、保護観察や非行少年への矯正教育においても認知行動療法が導入されました。

刑事施設での改善指導は、具体的には性犯罪再犯防止プログラム、薬物依存からの離脱指導、暴力防止プログラムなどがあり、いずれも認知行動療法を基盤としたものです。

この分野で用いられる認知行動療法の中心は、「リラプス・プリベンション」です。リラプス・プリベンションとは、嗜癖行動の治療に特化した治療モデルで「再発防止」を意味しています。もともとはアルコール依存症や薬物依存症の治療モデルとして開発されたものですが、現在では、嗜癖行動のほかにも、暴力、DV、ストーカー、さらには再発を繰り返す精神疾患などの治療にも応用され、幅広く適用されています。

リラプス・プリベンションでは、機能分析という手法によって、問題となる行動の背景にある認知のゆがみ、あるいはその行動の「トリガー」となるものをアセスメントしていきます。たとえば、痴漢や万引き等がやめられない人は、家族や仕事関係のストレスなどがトリガーとなり、それをこれらの問題行動を取ることで発散したり、解消したりしたいという認知がある場合があります。

トリガーに対する対処方法には、ハイリスク状況をできる限り除去する「刺激統制」と、リラクセーション法や運動などを含めた「スキルトレーニング」などがあります。具体的には、標的行動のトリガーとなるストレスを溜め込まない方法や、適応的なストレスの発散方法などについてグループワークやロールプレイなども交えつつ訓練する方法です。繰り返し行うことで、新たな行動を学習していきます。

重要なことは、これまでの「ライフスタイル」「生き方」そのものを変えていくことです。問題行動の原因となっていた、ライフスタイルを見直し、新しい生き方を身に付けていくことが目標です。

具体的な適用事例

「以上の話は自分には関係ない」と思われる方もいるかもしれません。しかし、犯罪は身近なことをきっかけとして起こしてしまう可能性もあります。それが「アルコール依存症」です。

事例の解説

アルコールを毎日嗜む人は多く、私たちにとって身近な嗜好品です。しかし、飲酒量や飲酒頻度が過度になり、自分の意志ではコントロールできない場合、アルコール依存症予備軍であったり、すでにアルコール依存症を発症していたりするケースもあります。

アルコール依存症から抜け出せない原因は、脳の仕組みにあると言われています。

アルコール(依存物質)を摂取することで、脳内にドパミンという快楽物質が分泌され、快楽・よろこびといった興奮に繋がります。これが繰り返されることで、脳のなかの「報酬系」(または快感回路)と呼ばれる神経系が非常に過敏な状態になり、常にその快感を求めるようになってしまうのです。

こういった脳の仕組みにより、ますますアルコールの摂取量は増加し、摂取しないことで不安・焦り・物足りなさが増していきます。その結果、いくら「意志の力」でやめようと思っても、飲酒行動をコントロールできなくなってしまうのです。多量飲酒によって、酔った状態で暴力をふるってしまう他害行為の可能性もあります。マンガにもある通り、アルコール依存症は犯罪を起こすリスクを秘めているのです。

当事者がアルコール依存症から回復するためには、上で述べた認知行動療法(リラプス・プリベンション)の基本に従って、①アセスメントと動機づけ、②認知の再構成、③ソーシャルスキルトレーニングなどを行っていきます。

①アセスメントと動機づけでは、機能分析によって、飲酒パターンや飲酒のトリガーとなる状況を特定していきます。たとえば「仕事でイライラするとお酒の量も増える」など、アルコール依存症を招くプロセスについて迫っていきます。②認知の再構成では、例として「飲酒しないと人と良い付き合いができない」という認知のゆがみを、より適応的な考え方(「飲酒しなくても普通に会話ができる」など)に置き換えていきます。そして、③のソーシャルスキルトレーニングによって、ストレスの原因となるストレッサーへのコーピングやお酒の断り方のトレーニングなどを、ロールプレイを交えながら行っていきます。このようにして、飲酒に頼ることなく生活を送り、断酒が続けられるように促していきます。

認知行動療法は社会復帰支援に効果を発揮している

アルコール依存症に限らず、性犯罪や薬物犯罪はそれ自体から脱することが難しい傾向にあります。認知行動療法を取り入れることで行動や考え方を変化させ、再犯防止や社会復帰支援において大きな成果をもたらしています。

依存症やそれに関連する犯罪行動の克服は、いくら反省をして、強い意志を持って我慢しようとしても、それだけではできません。認知行動療法の治療を受け、さまざまなコーピングやスキルを学習しつつ、「生き方」そのものを変化させていくことが大切です。

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