スペシャル対談②
スペシャル対談の前編では、小原さんが経験したセルフマネジメントを通して、認知行動療法が意外と身近な考え方であることを紹介しました。
対談の後編でも、認知行動療法ならではのメリットや認知行動療法を受ける方法など、ストレスや困りごとを抱えて「今」を生きる人に知ってほしい、具体的で興味深い話題が続きます。
自分を「見える化」すると悩みの実態も見えてくる
小原:認知行動療法は、病院に行かないと受けられないものですか? 自分でやってみるのは難しいですか?
熊野:例えばうつ病、不安症、摂食障害などの病気があって治療が必要な人は、やはり病院を受診して、専門家による治療として認知行動療法を受けたほうが良いですね。
でも「ちょっとストレスが溜まっている」とか、「何をやっても失敗ばかりでうまくいかない」。そういうレベルの方でしたら、医療機関以外の場所で公認心理師などの資格をもつセラピストが、開業していたりカウンセリングを行っていたりする場合もあるので、そのような場所で相談してみてもよいでしょう。
また、個人で取り組めるセルフヘルプの書籍やアプリもあります。これらによって自身の生活の様子や、思考や行動のパターン、気分の変化などを記録することで、自分の姿を外から見ることができます。「メタ的に見る」などとも言いますが、これによって自分への理解が進み、「ここは無理しすぎていたな」とか、「ここで、もう少しこうしてみればいいんじゃないか」とか気づきやすくなるんです。こういったことがわかるだけでも、非常に大きな価値がある。
だから悩んでいるときには、「自分は何に悩んでいるのだろう」と書き出してみるとよいですね。自分の中にあるものを外にいったん出して「見える化」することは、とても大切です。
これは、認知行動療法では「セルフモニタリング」と呼ばれる、最も基本的な技法の1つなんです。
小原:そういえば僕、相談を聞くのはうまくはないんですが、「ゲイの僕だったら、男の気持ちも女の気持ちもわかるやろ」と思われるみたいなんですよ。
前にも、子どもがいるお友達から「旦那は家のことを手伝ってくれへんし、子どもも言うことを聞かへん。私は自由を犠牲にして、家族のために頑張ってるのに」と愚痴をえんえんと聞かされて。
それにどう反応すれば良いのかわからず、「“大変だね”と言われたいのかな」と思ったので、「ほんまやな、もう子ども産んで結婚したのは失敗やったな~」と言ったんですね。そしたら友達が怒り始めたんですよ。「失敗じゃないんだよ、そういうことじゃないのよ」と。
彼女はおそらく、自分の選択が誤っていたとは思っていない、というか幸せなんですよ。幸せの中にあるわずかな愚痴を言っただけで、その幸せを僕がズバッと否定したので、ムッとしたんやろなと。
これって、もしかしたら友達は「でも私は幸せか…」と思えた部分もあって、ある意味では僕が認知行動療法をうまいことをやっていたのかも?
熊野:そう(笑) 外からの姿を言ってあげたことで、お友達は自分の本心がみえたんじゃないですか。「結婚して悪かったわけじゃないんだ」って。
小原:確かにね。
「こうでなくてはいけない」という縛りがないのが、認知行動療法の良いところ
小原:今、心のケアが注目されていて、SNSではセルブラブというワードも流行しています。
心のケアにはさまざまな方法があると思うんですが、その中からあえて認知行動療法を選ぶメリットは、どこにあるんでしょう。
熊野:まずセルフラブですが、ここでは「セルフ」が大事で、自分を「こうだ」と決めつけてその自分を守ろうとすると、苦しくなってしまう。だから自分は大事な存在だけれど、自分を決めつけず、むしろ「自分は日々変わっていくんだ」くらいに考えて、「変わっていく自分が大事」と思っておく。「自分」を流動的にしておくことが、とても大切だと思うんですね。
それから認知行動療法と他のケアとの違いですが、認知行動療法も時代に応じて変化していて、流動的なんですよ。さまざまな研究から「この方法を使えばここが変わる」と明らかになったり、いくつかの方法で効果を比較したりと、研究やデータに基づいて進歩してきたんです。
また、認知行動療法には「こうでなくてはいけない」ということもありません。「役に立つものが良いもの」なんです。
小原:では、決まった方法やルールはないんですか?
熊野:大まかなルールは、科学的に考えることと、無理のない範囲で「今の状況であれば、この方法を使うのが一番良さそう」と進めていくことですね。
試してみて役に立てば続けるし、役に立たなければやめればよい。「こうでなくてはいけない」という縛りがないのは、認知行動療法の良いところかなと思います。
小原:じゃあ認知行動療法も、さまざまな心のケアの選択肢の1つになるんですね。
熊野:その中で、エビデンスがあるという点は認知行動療法の特徴ですね。蓄積された学問的なデータに基づいて、「このような状況にはこの方法が効果的だ」、「この状況ではこれを使うのが最適だ」というような推奨はあります。
ですので認知行動療法は、派手さはないけれども、一定の効果が期待できますし、不安なく気軽に試せる方法だといえます。
今の時代、「認知行動療法」は誰でも試してみる価値がある
小原:認知行動療法は、これまでは精神科で受ける治療だとか、病気の人のものだと思っていました。でも生きていればSNSやストレスにさらされる今の時代、ほぼ誰もが病的なほど心に殻を被ったり、心のトラブルに陥っている。
だから「病気になったから認知行動療法を受ける」ではなくて、「誰でも受けていい」という認識が今こそ広まっていかないと、逆にまずいんじゃないかと思う。
「自分が病気かどうかわからないけれど、今ちょっと悩みがあるから、認知行動療法のカウンセリングを受けてみようかな」という気持ちになって欲しいですね。
熊野:そうですね。先ほども言いましたが、本などを使って1人で試してみることもできます。
私たちは、悩みごとやうまくいかないことがあると、そこで諦めてしまったり、逃げてしまったり、とりあえずなかったことにしたり。ストレスが溜まれば他のことで「パッ」と発散して忘れるなど、適当に対処してしまうところがあります。
でも、認知行動療法であれば悩みごとに対して、もっとできることがあります。「こういう場合にはこれを試してみて」という、具体的な取り組み方がいろいろあることを、皆さんに知ってほしいのです。
小原:こんな時代ですからね。まずは認知行動療法という言葉から広まってほしいですね。
熊野:そう思いますね。
認知行動療法は、言葉で説明するとどうしても難しくなりがちですが、今日は小原さんの体験をお聞きすることで、ご覧の方にも認知行動療法を疑似体験してもらえるような対談になりました。小原さん、本日はありがとうございました。
小原:僕も楽しかったです。ありがとうございました。
【対談おわり】