スペシャル対談①
多様性がうたわれる一方で、生きづらさや心の不調を感じる人も多い現代。「認知行動療法」やマインドフルネスが注目されています。
そこで今回は、独自の視点と痛快なコメントが支持されている小原(こばら)ブラスさんと、当学会の元理事長である熊野宏昭先生が対談しました。小原さんも経験したという認知行動療法に通じるセルフマネジメントについて、あれこれと語り合います。
自分が思う「自分」と周囲が思う「自分」はズレているかも?
熊野:こんにちは、熊野宏昭です。当学会も50周年を迎えまして、特別対談を企画しました。今回は小原ブラスさんをゲストにお招きして、お話を伺ってまいります。よろしくお願いいたします。
小原:よろしくお願いします。認知行動療法は最近よく聞く言葉だと思っていましたが、学会は50年も前からあるんですね。
熊野:そうなんです。日本では結構早い時期から、熱心な人たちが研究や実践に取り組んできました。ブラスさんも、これまでご苦労された際に認知行動療法的なアプローチをされてきたそうですね。
小原:「これが認知行動療法なんだ」と認識していたわけではないです。だけど、行き詰まった状況で自分なりにいろんな方法を試した結果、「どうやらそれに当てはまるのかも?」と思う場面がありました。
熊野:なるほど。認知行動療法にはさまざまな理論が含まれていますが、大きく分けると認知療法、それから行動療法があり、両者を合わせて認知行動療法と呼ばれています。また、「マインドフルネス」と呼ばれる心の使い方も使われています。
小原:僕はタレント活動を始めた初期の頃に、あるテレビ番組に出演していました。「めんどくさいロシア人」(笑)として1回出演したときに結構ウケたんです。その後レギュラーとして出演するようになりましたが、今度は大物ゲストに対し、その他大勢の1人として発言しないといけなくなったんです。初出演時のような“無双状態”では話せなくなり、だんだん何にも言えなくなって悩んでいました。
それで、あるときに長くレギュラーで出演されている方に「いやー、僕全然ウケてなくて、今日もスベりにスベって…」と話したんです。そうしたら「え、今日も全部ウケてたやん?」と。僕の見ている自分と、相手の見ている自分が違ったんですよ。さらにその方からは「周囲はその人の成功しか見ていないのに、本人は自分の失敗ばかり注目している。結局はどんなに失敗しても、そこはみんな見ていないから、別に失敗しまくってもいいやん」と話されまして。
このときに、僕の中で何か変わった部分があったんですね。「まあええわ。僕が失敗したことはみんな知らんか、気づいていない。気になってたのは自分だけや」と。
熊野:その状態は、認知行動療法で今、話題になっている「自己注目」です。自分にばかり目が向いて、自意識過剰になる。治療では、ご自身が話したり発表したりしている場面をビデオに撮って、後で見てもらうんです。すると、ご自身が思っている姿とは全然違うと、皆さん驚かれます。
小原:そう、僕も録画した番組を見ると「めっちゃ受けてるわ」と思えたんですけれどね。その場では、自分の思う「良い自分」と、周囲が思う「自分の良さ」が全く違うことに気づくのは、とても難しいですよね。
自分の極端な考え方に気づいて、少し変えてみるのが「認知療法」
小原:その「自己注目」は、容姿や見た目にも当てはまりますか? 僕、自分の笑顔がめちゃくちゃ不細工に思えて嫌いだった時期もあるんです。
熊野:やはり「自分」がからむと、自分のことが正確にわからなくなるときがあるんです。例えば摂食障害の患者さんは、ご自身を鏡で見ても痩せていると思えません。でも、撮った写真でご自身を見ると、痩せすぎだとわかるんです。
われわれは、言葉で考えたり読んだりすると、それが心の目で見えて飲み込まれてしまいます。例えば「レモン」と言うと、レモンが見えるじゃないですか。これは実はとても不思議なことで、考えているだけなのにバーチャルな世界が見えて、とらわれてしまう。だから「自分はこうだ」と悪く考えていると悪い自分が見えて、これでは駄目だと思ってしまう。
バーチャルとリアルの二重で生きているのが人間ですが、言葉やバーチャルの方が強くなりすぎると、ちょっとピンチかなと思います。
小原:そうなんですね。じゃあ日頃は「自分はこうだ」とか「こう考えなきゃいけない」と思っていても、実は自分の本当の考えではないこともあるんですね。
熊野:そうです。われわれは皆、成長の過程でいろんな思い込みを持ってしまいます。親や先生から教えられたり、周囲との関わりの中で「こちらの方がいいな」と思ったりすれば、それに従っています。その思い込みでうまくいけば良いけれども、うまくいかなくなると、「かくあるべし」という窮屈な考え方の檻に閉じ込められたようになってしまう。
そのときに、例えば自分の考え方をいったん全部紙などに書き出してみて、極端過ぎるものがあればそこを少し変えてみる。あるいはネガティブ、ポジティブ、ニュートラル、いろんな考え方があることを確認してみて、「じゃあこんなに固く考えなくてもいいか」と思えるようにするのが認知療法です。
「マインドフルネス」では五感を優先して自分をニュートラルに
熊野:ただ、この方法ではキリがない面もあるので、いったん言葉の世界から離れて、五感で感じるものに重きを置いて少しの間そこで過ごして、もう1回頭の中に戻っていく。すると、前よりも自由に過ごせるようになる。これが「マインドフルネス」です。
小原:それでいうと、ウクライナとロシアの戦争が始まった当初、僕はあちこちからインタビューを受けました。僕はロシア生まれで関西育ちですから、この戦争について何かコメントをすべきなのかと考えたんですが、「しない」という選択肢がなかったんです。
「しない」ことで戦争を支持していると思われたり、でも戦争を非難するような言動をとると、戦争を自分のビジネスに使っていると言われたり。何をしてもしなくても批判される状況になって、結構行き詰まりました。
そこで、たまたま2日間お休みがあったときに、インターネットに触れず、外部との関わりを遮断してみたんですね。そしてボーっとしてるときにふと思ったのが、「自分と自分の家族が第一で、何が悪いんやろ」ということでした。戦争は良いことではないけれど、それを解決するために自分や自分の家族を傷つけなければいけないのであれば、私はそれはやりません、と。自己中心的かもしれませんが、僕は心の中で自信を持ってこう言えるなと思ったんです。
これは多分、休んでいた2日間がある意味ではマインドフルネスになり、「自分の本当の考えをちゃんと言葉にできた瞬間やったな」と、今になって思います。
熊野:そうですね、何にも考えない時間を持つのは、マインドフルネスになったと思います。そして、その次に「自分がしたいようにして何が悪いんだ」と思えて、「自分はどうしたいのか」に思い至った。これもすごく大事です。
認知行動療法では、今そこに目を向けています。自分の人生にとって大事なものや、自分の志がぼんやりしているときには、それを一度言葉にしてみて、それに沿って行動できたらいいんじゃないかと。だからブラスさんの経験は、まさに当てはまると思います。
いつもの行動を変えて問題解決をめざす「行動療法」
熊野:行動療法についても少しお話ししますね。われわれは嫌なことやつらいことを避けて安堵すると、嫌なこと自体も忘れてしまいます。でも例えば「電車に乗るのが怖いから今日もタクシーで行こう」を繰り返していると、必要なときに電車に乗れなくなってしまう。目先の「楽」を手に入れたために、長期的な「苦しみ」を抱え込んでしまいます。
そこに注目し、本当に自分に必要な行動ができているのか考え、行動の変化に少しずつ取り組んだ結果を見るのが行動療法です。
考えてばかりいると動けませんから、とにかく実行して結果をみようというアプローチです。
小原:僕も以前は満員電車に乗れていましたが、先日久しぶりに乗ったら急に動悸がして、今までみたことないほどの汗をばっとかいて、倒れそうになったんです。
熊野:そういう場合には、大体10~15分ぐらい経つと普通はピークを越え、「なんだ大丈夫だったな」となることが多いです。でもそのときに、皆さんあわてて電車から降りてしまう。そうすると症状が治まるので良かったということになるのですが、その先どうなるのかは分からないままです。そして、次に同じことが起きたときにもまた降りてしまうことになります。
小原:あるいは、「なったらどうしよう」と自分で不安や緊張を高めてしまうと、なりやすいかも。そこをコントロールするのは、結構難しいですけどね。
熊野:そういうときは、「自分が考えているだけじゃない?」とまず気がつくことが大事です。次に、「実際どうなるのか、やってみないとわからないよ」と自分に言ってあげる。そして、寝不足や緊張があるとドキドキしやすいので体調を整えておいて、すっと電車に乗ってみて、それで少しドキドキしてきても「もうちょっと様子を見ようかな」と。この「もうちょっと様子を見る」ことも大事です。
そのうちに、どこかで落ち着いてくるということがわかると、その後はとても安心できます。
小原:そういえば、そのときは「めっちゃ汗をかいた姿を人に見られるのが嫌」っていう気持ちがとても強かったんです。なので、せめて汗を拭けるようにとタオルを持って出た日は、そうはならなかったですね。
熊野:でしょう(笑) このときに、皆さんは「たまたまうまくいった」と思われますが、実はうまくいった状態が本当なんです。その次もまたうまくいって「今日もたまたまだ」と思うんですが、そのうち「たまたまの方が多いでしょ」って気づけたらね。
小原:こういうことなんですね、認知行動療法って。
熊野:そうなんですよ。認知行動療法ではうまくいく方法を積み上げていく。「こういう困りごとにはこういう方法をやってみたらどうですか」と提案をして、試してみて、うまくいけば続けてもらえばいいですし、うまくいかなければまた一緒に別の手を考える。そんなふうに進めていきます。
小原:なるほど。
【次回予告】
意外と身近な認知行動療法。後編の動画では、悩みや不安を抱えている人が少しでも楽になる方法について、引き続き2人の対談を通してお伝えします。